紅茶の産地として知られるインド・ダージリン。あまり紅茶のことを知らない人でも聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。
ダージリンで生産された紅茶、特にその年2番目に収穫されたセカンドフラッシュの茶葉に多く含まれる香り成分のリラックス効果を科学的に解明した論文があるのでご紹介します。
ダージリン紅茶セカンドフラッシュとは?
ダージリン紅茶とは、インド北東部ヒマラヤ山麓のダージリン地方で生産される紅茶を指します。ダージリン地方での紅茶の収穫は春・初夏・秋の3回に分けて行われ、初夏に収穫されたの二番茶のことをセカンドフラッシュといいます。
ダージリン紅茶のセカンドフラッシュ(以降、SFDJと略します)は、その華やかで芳醇なマスカットのような香り、いわゆる「マスカテルフレーバー」が特徴です。この独特の香りは「ホトリエノール」などの香気成分によるものです。
研究論文「ダージリン紅茶セカンドフラッシュに特徴的な 香気成分の解析と自律神経活動に及ぼす効果(※)」では、特にこの「ホトリエノール」がリラックス効果に最も大きく寄与していることを突き止めています。
※大野 敦子, 鈴木 萌人, 矢田 幸博.ダージリン紅茶セカンドフラッシュに特徴的な香気成分の解析と自律神経活動に及ぼす効果.におい・かおり環境学会誌, 2022 年 53 巻 1 号 p. 50-59
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jao/53/1/53_50/_article/-char/ja

リラックス効果のある香気成分「ホトリエノール」
論文では、アッサム紅茶やウバ紅茶の香りを吸い込んだときよりも、SFDJの香りを吸い込んだときの方がリラックス効果が高かったとしています。さらに、SFDJに特徴的な香り成分の中でも、ホトリエノールの効果が高かったのだそうです。
リラックス効果を測る指標として使われたのは、「瞳孔の収縮率」と「指先の皮膚の温度」です。
リラックス状態では、交感神経の活動が抑制され、副交感神経の活動が優位になります。副交感神経が活性化すると、一般的に瞳孔は収縮するとされています。つまり、瞳孔が小さくなるほどリラックスしているということです。
また、寒いときや緊張しているときは交感神経が活発になって血管が収縮し、手足の末端が冷えやすくなります。つまり逆に言えば、指先があたたかくなったなら、交感神経が抑制されて副交感神経が優位になり、リラックスしているということです。
単体でもリラックス効果はあるが、抗ストレス・抑うつ解消には他の成分と組み合わせが必要
実験の結果、SFDJの香りを嗅ぐと「瞳孔の収縮率」と「指先の皮膚の温度」いずれの指標も有意に上昇しました。特に、SFDJとアッサム紅茶の間では瞳孔の収縮率の差に有意差が見られ、SFDJとウバ紅茶の間では指先の皮膚の温度の差に有意差が認められました。
さらに、SFDJに特徴的な4種類の香気成分(ゲラニオール、ホトリエノール、2-フェニルエチルアルコール、DMHF)をそれぞれ単体で吸入して試験をしたところ、ホトリエノールを吸入した場合のみ、瞳孔の収縮率が有意に上昇しました。
つまり、ホトリエノールには交感神経を抑制し、副交感神経を優位にするリラックス効果が認められるということです。
一方で、先行研究で示されていたSFDJの香りによる主観的なストレス、抑うつ・不安減少については、ホトリエノールを吸入しただけでは効果が見られないことがわかりました。この効果を得るには、ホトリエノールだけでなく他の香気成分も合わせて吸入する必要がある可能性があり、今後さらに研究の必要がありそうです。

ダージリン紅茶の香りが好きかどうかは関係ない?
「ダージリンの香りをかぐとリラックスするのは、その香りが好きだからでは?」と考える人もいるかもしれません。しかし論文では「香りに対する嗜好性および心理的な効果と生理的なリラックス効果に関連性が認められない」としています。
つまり、ダージリンの香りが好きかどうかはホトリエノールのリラックス効果には関係ない、ということです。もちろん好きな香りをかげばリラックスできますが、別に好きではなくてもホトリエノールを吸い込めば身体が生理的にリラックスするそうです。
また、ホトリエノールはにおいを感知できないほどの低濃度でも、リラックス効果を発揮することがわかりました。
SFDJ以外にホトリエノールを含む飲み物
SFDJと同じくホトリエノールを含む飲み物に、台湾の高級烏龍茶・東方美人があります。ウンカという害虫にわざと汁を吸わせることで、独特の香りを生み出しているお茶です。
ウンカに汁を吸われると、茶葉はホトリエノールの元になる物質を生み出します。その物質が製茶過程でホトリエノールに変化し、熟れたマスカットの甘い蜜香になるのだそうです。
SFDJも同様にウンカに噛ませて作っている場合もあれば、ウンカを利用したフレーバーづくりは行っていないという茶園もあります。

今後のさらなる研究にも期待
「紅茶の香りでリラックス」という現象は、感覚的にはなんとなく認知していたものの、この論文では科学的に検証した形になります。身体がこわばっているときや緊張しているときは、意識的にSFDJの香りをかいでみるのもよいかもしれません。
一方で、ストレス解消や不安減少効果と香気成分の関係など、まだわかっていないこともたくさんあります。今後のさらなる研究に期待したいところです。
ホトリエノールは嗜好性や香りの感知にかかわらず効果を発揮するようなので、今後の研究如何によってはリラックス効果を得るひとつの手段としていろいろ応用ができそうです。また、抗ストレスや抑うつ解消、不安現象効果についての研究が進めば、我々のウェルビーイングに大きく貢献するのではないでしょうか。