ベトナムコーヒーをご存知だろうか。フィンという金属製の道具をカップに乗せて、ゆっくり時間をかけて濃く抽出する。カップの下にはコンデンスミルクが沈んでいて、それを混ぜて飲む甘いコーヒーだ。

コーヒー豆にも種類があり、ベトナムで主流のロブスタ種は甘みが少ない。コンデンスミルクを入れるのはそれを補うためともいわれている(諸説あり)。ロブスタの香ばしい苦味とコンデンスミルクのとろっとした甘みが相まって、キャラメルのような味がする。
これを書いているのは夏真っ盛りだが、もちろん氷でキンキンに冷やしてアイスコーヒーにしてもおいしい。ベトナムは熱帯・亜熱帯に属するので、冷たい飲み物は欠かせない。
ベトナムではコーヒーを売る店の前にスツールのような小さいプラスチックの椅子が置いてあり、そこでコーヒーを飲んでいる人をよく見かける。いわゆる路上カフェというやつだ。ちゃんとしたテーブルなんて、ないことも多い。カップを手に持つか、椅子をひとつテーブル代わりにしている。

ベトナムコーヒーエバンジェリストの松永猛さんが、現地の人に「おすすめのカフェはありますか?」ときいたところ、「ベトナムではコーヒーを蒸らしたり抽出したりしている間、同席している人と話をして楽しむ。それを含めてコーヒーだ」という不思議な答えが返ってきたという。どこの店で飲むかよりも、誰と飲むかが大切なのだろう。
松永さんによると、ベトナムコーヒーを淹れる際はまず少しだけお湯を注いで5分程度蒸らすらしい。一般的には蒸らし時間はせいぜい数十秒だからかなり長い。この蒸らし時間の間も、ベトナムの人はゆっくり会話を楽しむのだという。日本人なら、5分もあれば何かひとつ用事を済まそうとしてしまいそうなところだ。

ゆっくりコーヒーを淹れ、そのコーヒーを楽しむ間、ずっとおしゃべりをしているそうだ。お湯を注ぐとただよってくる香ばしい香りも、コンデンスミルクの甘さも、何気ない会話も、少しずつ落ちてくるコーヒーのひとしずくも、路上の雑踏も、全部ひっくるめてベトナムのコーヒータイムなのだろう。
ベトナムには一度も行ったことがないくせに、その光景を想像するとなんだかとても懐かしくなってしまった。日本でただロブスタコーヒーにコンデンスミルクを入れて飲むのとは、おそらく全然違う体験なのだ。
※本コラムは、以前にブログで公開した記事をリライトしたものです。